場所とツールの形

2022年10月18日本のこと

週末、種ノ箱を土日とも閉めてコラボイベント「和服でお茶とごい短歌」と「ヒキコモリ・コネクト」(「社会的」ひきこもり・若者支援近畿交流会、イベントチラシ)の分科会のお手伝いしてました。

コラボイベントの本編は、

畳の和室で、短歌とごいたとお茶ということで、参加者さんそれぞれ楽しんでいただける内容だったと思うので、たぶん感想とか、こんなだったよ!というのがネットのどこかに上がる(なべとびすこ(鍋ラボ)さん、能登ごいた保存会☖大阪支部さん)と思うので、お任せして(^^)

ボードゲームカフェということでしょうか?
本編の前に、横暴編集長というゲームをやったんです。

これ、なんとなくやったことがあったような、なかったような、少なくとも実物を見るのが二回目で。
有名な本のタイトルを上の句と下の句に分けたカードを使って、新しいタイトルを作るゲーム。
映画のタイトルを分けたバージョンもあるそうです。

組み合わせを変えることで広がるイメージで、どんな本かをちょっと説明したり。

これをやりながら思い出していたのは、「本のタイトルかえっこ!」。

図書館などの本の沢山ある場所で、テーマを決めて二人一組で、テーマに沿った上の句の本を一人が選んで、もう一人が下の句の本を選んで、出し合って、新しくできたタイトルを味わう遊び。

「うさぎおいしー食いしん坊」、「人生は、心得」「へそまがり健康法」「パン屋の謎」「猿飛サラリーマン」

本がたくさんあれば、横暴編集長のようなあらかじめ用意されたツールを使わなくてもできる遊び。

ツールを使ってやる遊びは、場所を選ばずにできるんだなぁと、ふとそんなことを思いました。

短歌を詠むのは、紙と筆(ペン)があればできるから、ツールがほぼないに近いのかな。
ごいたは、コマが必要だから、ツールの形があるなぁ。

とか。

お茶を淹れるというのは、比較的道具のあるところはどこにでもあるんだけれど、意外にツールの形がそれなりにあるのかも。

と、今しか思わなさそうなことを書いてみました。

では、また~