再生木造建物で 本 を読む、プロローグ:長屋な取り組み(2022.9)
昭和の最初の時代あたり、大阪は大大阪と言われ、東京より勢いがあったようだ。
都市の労働者の住まいとして、共同住宅、当時の地図を見るとどれだけ長屋が多かったかがわかる。
戦中の空襲というと東京大空襲を思い起こす人は多いのかも知れない。
大阪市内も広い範囲で空襲があった。市内の特定地域で木造長屋の多い少ないは空襲で燃えなかった燃えたの影響もある。
終戦から70年以上になると、残っていた木造長屋も手入れをしないとガタが来る。
新しい今風の暮らしや使い方を取り入れないと、現代人にとっては使い勝手が悪い。